日テレを抜いて新たな視聴率王に躍り出たテレビ朝日。だが、キー局の視聴率は軒並み下落している(左上画像:日本テレビ公式HPより、右上写真:尾形文繁撮影、ほか編集部撮影)

「死の谷はいつまで続くのか」――。いま、テレビ局の将来をそう憂う声が日増しに強まっている。

電通が2月に発表した「2023年 日本の広告費」によると、日本の総広告費は過去最高の7兆3167億円を記録した一方、地上波テレビの広告費は前年比4%減の1兆6095億円となった。

コロナ禍では、ネットフリックスやU-NEXTなど動画配信サービスの利用者が急増。それに押されるかたちで2021年以降、地上波テレビの視聴率は低下に拍車がかかり、テレビ局の収益柱である広告収入の減少がいっそう鮮明となっている。

「3冠獲得」に燃えるテレ朝

日本民間放送連盟(民放連)の定める放送基準では、節度ある広告などを目的に、週間でのテレビCMの時間を総放送時間の18%以内とする規制が明記されている。

放送できるCMの本数(時間)に限界がある以上、カギを握るのはCM1本当たりの単価だ。一般的に、視聴率が高いほど広告主がCM1本(15秒)に対して支払う広告費も上がるとされる。そのためテレビ局にとっては、自社の視聴率がそのまま広告収入に直結すると言っても過言ではない。

その視聴率をめぐり、並々ならぬ闘志を燃やしているのがテレビ朝日だ。

「昨日までの段階で、個人全体では(中略)2冠という状況だ。世帯視聴率では3冠。今日を含めて残りあと6日、最後まで全力を尽くしていきたい」

3月26日に開かれたテレビ朝日の社長定例会見の冒頭、篠塚浩社長は2023年度の視聴率についてそう述べた。

テレビ視聴率には、世帯単位の視聴率である「世帯視聴率」と、個人単位の視聴率である「個人視聴率」の2つがある。さらに時間帯ごとの区分として、全日(6~24時)、ゴールデン(19~22時)、プライム(19~23時)という3つの指標があり、これらいずれの時間帯でもトップをとれれば「3冠」達成となる。

テレビ朝日は昨年3月に発表した中期経営計画で、2025年度までに年間・年度での個人全体視聴率で3冠をとることを目標に掲げている。2023年の年間視聴率は開局以来初の世帯3冠、個人全体2冠を獲得。長年王者であった日本テレビは首位陥落となり、今やテレビ朝日が“視聴率王”に躍り出ている。

「相棒」や「科捜研の女」など、定番シリーズ番組を複数抱えるテレビ朝日。テレビ視聴率を調査するビデオリサーチが公表した、2023年の年間高視聴率ランキング(関東地区)の上位に同社の番組が多数入っている状況からしても、“視聴率王”の座に違和感はない。

しかし、あるキー局の社員は「テレ朝の視聴率が高いのは高齢者の視聴割合が高いから。在宅時間の長い高齢者はテレビの視聴時間も長い」と指摘する。

現役世代に強い日テレの底力

ビデオリサーチが2020年3月から開始した新視聴率調査によって、今では視聴者の人数だけでなく、性別や年齢層も詳細に把握できるようになった。

そうした中、長らく視聴率王であった日本テレビは今年4月の番組改編から、13~49歳の男女の視聴率を「コアターゲット」視聴率として重視する戦略(コアMAX戦略)を明確に打ち出している。

日本テレビの公表資料によると、個人全体(全日)の視聴率ではテレビ朝日が1位、日本テレビは2位だが、コアターゲット視聴率では日本テレビが3冠で、テレビ朝日はいずれの時間帯でも4位(2023年実績)。コアターゲットの全日視聴率では両社で倍以上の差がついており、テレビ朝日の視聴者層が高齢者に偏っていることが読み取れる。

広告主としては当然、自社の商品・サービスのターゲット層の視聴率が高い枠に、重点的にテレビCMを出稿したいという思惑が働く。購買意欲の高い現役世代の若者にリーチしたい広告主は多く、コアターゲット視聴率はテレビCMの単価にも影響する。

日本テレビはコアターゲット視聴率で、テレビ朝日を含めた他のキー局と大差を付けている。個人全体の視聴率では2位に後退した日本テレビが、今なお放送収入で頭一つ抜けているのには、こうした現役世代への強さも関係している。

前出とは別のキー局社員は、各局の視聴率の違いを広告主に説明する際、ホテル経営を比喩に用いるようにしているという。

「個人全体の視聴率がホテルの部屋数だとすれば、コアターゲット視聴率は部屋の価格。テレビ朝日は部屋数が多く、安いホテルだとすると、日テレは部屋数が多く、価格も高いホテルだ」

言うまでもなく、個人全体、コアターゲットいずれの視聴率も高いことが理想だが、視聴者の数だけでなく中身の違いも、テレビ局の収入を左右する時代へと変わりつつあるようだ。

テレビ以外の場での競争が熾烈化

もっとも、テレビ離れ自体に歯止めを掛けられない中、王者の日本テレビでも広告収入の減少は深刻だ。そこで今、テレビ局の間では、“テレビ以外の場”での競争が熱を帯びてきている。

それが民放キー局・準キー局などが出資する配信サービス「TVer」だ。2022年から民放5系列で地上波番組との同時配信を開始し、足元では急速にユーザー数を伸ばしている。今年3月の月間動画再生数は4.5億回を突破し、過去最高を更新した。

TVerの薄井大郎取締役は、「以前までTVerで番組を配信するのを控える動きもあったが、サービスの急拡大に伴い(TVerに対する)業界全体からの期待の高まりを非常に感じる」と手応えを語る。そのうえで、「今のユーザー数で良しとも思っておらず、昔のテレビのように毎日見られるような国民的なサービスにしたい」と意気込む。

TVerなどの配信サービス経由の収入拡大は、視聴率低下にあえぐテレビ局にとってはまさに最重要課題。TBSも番組の視聴率だけでなく、その後の配信収入などまで含めたコンテンツのLTV(ライフ・タイム・バリュー)を重視する戦略を打ち出している。

ただ、TVerなどの配信広告費は拡大しているとはいえ、テレビ広告費の急速な縮小にはまったく追いついていないのが実情だ。

ある放送業界関係者によれば、TVerの収入がテレビ広告の収入減を補えるようになるまでの期間を、テレビ局や総務省関係者らは「死の谷」と呼んでいる。一般的には、ベンチャーなどが事業を黒字転換させるまでの期間を指す言葉だが、開局から半世紀以上が経つテレビ局も目下、その“谷”にはまってしまっているわけだ。

TVerの収入増に向けては、広告主に対する認知度拡大が不可欠となる。「クライアント(広告主)側は4マス(テレビ・ラジオ・新聞・雑誌)担当とデジタル担当で分かれていて、その中間のTVerをどちらが担当するか、明確になっていない場合が多い。”ポテンヒット”のようになってしまっている」(TVerの古田和俊執行役員)。

視聴者受けする番組に違いも

テレビ局にとって悩ましいのは、「テレビでの高視聴率番組=TVerでの人気番組」という方程式が成り立つわけではない、ということだ。

例えばTVerの視聴数ランキングを見ると、テレビ視聴率ではキー局最下位のフジテレビの番組が上位に並ぶことも多い。一方で視聴率王のテレビ朝日の作品はTVerでは必ずしも上位には並んでおらず、あるテレビ朝日ホールディングスの社員は「われわれはTVerでは出遅れている状況だ」と打ち明ける。

TVerなどの配信サービスはスマホで見られることが多く、テレビで人気の根強い家族向けの番組よりも、大人向けのドラマなどが多く再生される傾向にある。そのため最近では、深夜枠で配信に強いドラマコンテンツを投入することで、その後のTVer収入の拡大につなげる戦略をとるテレビ局が増えている。

昨年は、莫大な制作費を投じたとされるTBSのドラマ「VIVANT」が大ヒットとなった。一方、視聴率では伸び悩んだフジテレビのドラマ「あなたがしてくれなくても」がTVer総再生回数では5600万を超え、TVerアワード2023において「VIVANT」を差し置いてドラマ大賞を受賞している。

テレビでヒットした作品はTVerでも見られやすいが、TVerで見られる作品は必ずしもテレビでヒットしているわけではないという非対称性が読み取れる。

テレビ広告収入に比べて配信収入が圧倒的に少ない現状では、手堅く視聴率をとれる番組を作りつつ、配信向け番組を強化していくという、絶妙な番組編成の舵取りが求められることになる。

視聴率とTVerの再生回数という二兎を追い、死の谷を越えられるのか。厳しい戦いになるのは間違いなさそうだ。

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